Windows10から逃げきれましたか?

見事逃げ切った皆様。流石です。ご同慶の至りでございます。

抗し切れずにWindows10へ更新されてしまった皆様。ようこそ最新技術の世界へ。それほど悪い話ではありません。人工知能(を標榜する)コルタナも面白いです。音声認識の精度にびっくりされるでしょう。少なくとも最初は。すぐ飽きちゃうかもしれませんけど。

でも、例えば、システムフォントが気にくわない、というお客様もおいでです。窓の杜からフリーソフトをダウンロードしてWindowsXP(MS UI Gothic)や7(メイリオ)のものに、自己責任でですが変更することはできるとされてますね。おすすめしませんが。私は知らなかった、ということにしております。あとあとの責任が持てないので。

さて、前回HDDリカバリを過信せぬようと申し上げました。補足説明ちょっとだけ。マニュアルに忠実にHDDリカバリをしようとすると「必要なパーティションが見つかりません」と失敗して、真っ青になります。画面が青いだけじゃなくて。レアな事例かと思ってたらそうでもないようなので、サポート窓口のアドバイスをここにちょっとメモしときます。

ログイン画面右下の電源アイコンをクリックしてシフトキーを押しながら「再起動」。この操作を経ることが必要。ということはWindowsが起動しなくなってしまった状況に至っては、HDDリカバリができない、ということになる。リカバリメディアを作っておかないと、引導を渡されることになりますな。

本題はここまで。あとはいつもながらの余談です。

今日もサポート自動化の話。

実のところ、サポートって、大変です。思ってたほどロジカルな世界でもないし、簡単に自動化できる領域との認識は改めなくてはならないかもしれません。窓口業務はコールセンターにアウトソースされてて、受注側企業にとってはドル箱だから、自社で自動化しようなんてモチベーションの生まれようはずがない。競争が無ければ、研究投資の必然性も無い。クリステンセンのいうイノベーションのジレンマはこういうのでしたっけ。

金融業あたりで、電話サポートの担当者がWatsonの出力を参考にしながら回答しているという記事がありましたね。サービスの知能化高付加価値化が当面の目的で必ずしも自動化が必達というスタンスではないのかも。自動化、大変なのはここからです。でも、新興国企業や国内ベンチャーも絶対に狙ってますね。弊方も指をくわえて見てるつもりはないですけどね。

そうそう。ねっと猫の手の運営会社有限会社ワダックスのドメインが6月1日から変わりました。(新)wadax.co.jp←(旧)wadax-inc.co.jpです。冗長な接尾語が取れて、すっきりしました。あまり使ってないドメインだったので、コンテンツは全部新規作成、その内容はまだまだ構想段階。業者に頼むわけでもないから、時間をかけてじっくり作るつもりです。

そのサイトでは、サポートメーションというキーワードを統一テーマとして用います。これ、造語です。弊方で作りました。Google検索でも、登録商標でもヒットしないので、他者の権利の侵害もしてないようです。サポートとオートメーションの合成という、ベタな成り立ちですが、どうです、わかりやすいでしょう。

英語では、SupportMation、もしくは、Support-o-Mationです。

人工知能関連の研究開発に足を突っ込んでから35年にもなります(年齢がばれる)が、深層学習ムーブメントには完全に乗り遅れてます。ただ、深層学習はいわば右脳、認識系直観系で最強だけど、人間の知識とのインタフェースで必ず左脳系熟考系に適した記号処理型の、今はGOFAI(Good Old Fashioned AI)と揶揄されがちなアプローチとの連携が必要になり、その段階で「脳梁」のような技術の重要性が増してくると、そこに賭けてます。チップを全部じゃなくて、3割ぐらい。

説明できる人工知能、とか、サポートメーション、とか、湘南茅ヶ崎の人工知能工務店、とか、キーワード先行です。これも作戦です。なにしろ、猫も杓子も人工知能と唱える時代です。ねっと猫の手、猫と杓子の仲間達に埋没させるわけにはまいりません。

世界最小最軽量のリソースで、身の丈にあったニッチ市場を見つけるミッション。蟷螂の斧です、まるでドン・キホーテです。それでも根拠なき自信を失わないでいられるのは、カンブリア爆発前夜のこの領域だからでしょうか。日頃の脳天気からさらにおつむの螺子が一本跳んだだけということかもしれません。

猫も杓子もインターネットというかつてのブームが沈静化することなく社会に定着したように、人工知能もソフトランディングできるのか。それはひとえに、自動運転車の帰趨にかかっている、そう思っております。

とりあえずサポートメーションは自動運転車のようなグランドチャレンジではありません。それでも、小粒だけどピリリと激辛、そんな存在感を社会に定着してゆけたらいいなと考えるところです。